[木下伸市×上妻宏光プラスM]

『FM fan』2000 No.21より

『楽器商報』10月号より

『みんよう文化』10月号より 11月号より

『日本経済新聞』9月2日(土)夕刊より


青木誠「ON THE ROAD この人とちょっと立ち話」
木下伸市vs上妻宏光
津軽三味線はブルースでした

 津軽三味線が邦楽界をとびだし、人気インストルメンタルとなってもうずいぶんになる。90年代初頭には木下伸市のロックバンドやジャズの渡辺香津美との共演などよく聞きにいったものである。高橋竹山(二代目)という才媛もいるし、近年は吉田兄弟がメディアを賑わせている。ロックやジャズなど従来のインスト界にこの楽器が姿をみせてファンをひろげる季節から、近年は吉田兄弟がワールドミュージック層に接近するように新しい支持層があらわれたようだ。

 木下伸市、その下の世代の上妻宏光、二人のコンサートを8月26日、荒川区のサンパール荒川大ホールで聞いた。木下さんはすでにベテランの風貌だが、27歳の上妻君は洋楽でいえば気鋭の新進ギタリストというところである。最近、アメリカ公演してきたとステージでMCして、「津軽三味線はブルースだと痛感しました」と謙虚に報告した。ブルースにある哀愁、失われつつあるものへの郷愁や愛着、たしかに共通するところがある。

 コンサートはそれぞれのソロと、二人の共演パート、和太鼓をいれた三人のパートにわかれたが、世代の違う二人のスタイルにやはり違う感覚がある。 木下さんの演奏はメロディー・ラインが力強く、トンネルを掘るようにつぎつぎと世界がひらいていく。そしていわばついに突き抜けた瞬間、どッと歓声がわいた。たえまなくつづいた緊張がそこで頂点に達し、解放されるのである。みごとなストレートな盛り上がりである。

 上妻君はちょっと違う。先輩ほど一直線ではなく、どこかひらいたところがある。先輩はジャズマンのソロの一心不乱ぶりに類似して、ひたむきな姿が胸を衝くが、後輩は近年のワールド系や沖縄音楽の盛り上がりかたに似ていて、音楽に面積があり、いわば遊び心が感じられる。

 木下さんは津軽三味線のヴィルトゥオーゾとして君臨するが、上妻君はお客さんといっしょにたのしいときを過ごしたい、超絶技巧も披露するが、その場を共有の遊び場にしたいというのが本音ではないか。

 アメリカのブルースはそういう音楽である。奏者を囲んでみんなでたのしむ音楽がブルースだと知る人は、ひびきは違っても沖縄のカチャーシもブルースという。「津軽三味線はブルースでした」という上妻君はそれをアメリカで体験したと直感した。

『FMfan』2000 No.21より


今、望まれる大人のための大人の音楽の場より

◆ちとしゃん亭ライブ
 もうひとつご紹介するのが、8月26日(土)、東京荒川区のサンパールにおいて、津軽三味線の最高峰者2名によるスーパーバトルが行われたライブである。三味線専門店の三味線かとうが企画した「ちとしゃん亭」特別企画第6弾として三味線かとうが株式会社宮本卯之助商店の協力を得て行われたものだ。
 出演メンバーは、「2000年山田千里杯争奪戦」で優勝をかざった木下伸市と津軽三味線全国大会2連覇を成しとげた実績を持つ上妻宏光。この2名に加え、「根津権現龍神太鼓」「大江戸助六太鼓」とメジャー和太鼓グループに参加し、現六三四(MUSASHI)の和太鼓担当の茂戸藤浩司である。
 演奏はまさに白熱と化し、曲が終るたぴに、歓声や拍手につつまれた。客の中の母親らしき人のあまりにも大きな拍手をその娘さんらしき人がたしなめるという徴笑ましい光景も見られた。この演奏会の観客も中高年者が多く、演奏された津軽三味線のリズムに、まるで若者のように体を動かしノッている姿が非常に印象的であった。
 これからももっともっと、大人にもフレンドリーな音楽の場が増えて行くことを期待したい。

『楽器商報』10月号より


 吉田兄弟をはじめ若手のパワーで民謡会を今一度、引き上げてほしいという声は多い。8月下旬のに行われた津軽三味線の公演に取材に行ったが、会場は満員。出演は木下伸市、上妻宏光、そして和太鼓の茂戸藤浩司。会場は従来とはうってかわって若者が数多くつめかけていて、一般のコンサートと較べてもまったくそん色がない。構成はシンプルながら、演奏の迫力も視覚効果も、今の時代に生きる若者を惹きつけるのに十分だった。客席では今やベテランとなった三味線奏者たちも熱心に見入っていた。一般新聞紙上での津軽三味線の若手たちの記事もよく目にする。長年、待ち望んでいたステップ・アップのチャンスは今しかない。

『みんよう文化』10月号/編集後記より

隅田川の花火にも優る迫力と華麗なステージ 

長年にわたって津軽三味線若手奏者を応援し続ける三味線かとう(代表・加藤金治)が主催するちとしやん亭特別企画第6弾「木下伸市×上妻宏光プラスM」公演が8月26日、東京・サンパール荒川で行われた。
 若手奏者の中ではトップクラスの2人の共演、さらに和太鼓奏者・茂戸藤浩司の出演とあって、会場は若者や、プロの演奏者も数多くつめかけ超満員。第一部では上妻、木下の順でポピュラーな津軽三味線ソロを3曲すつ演奏した後、2人の競作の津軽三味線デュオ「響動‐KYOHDOH」が披露された。第2部は茂戸藤の和大鼓ソロ「散打‐THUNDER」でスタート、3人競作の「桴×揆−BACHI・BACHI」では、三者のたたみかける演奏を聴かせ、ラストは公演タイトル通りの競演で魅せた。照明、演出はシンプルながら、腹にひぴく和太鼓の響きと、リズミカルで、時に哀調を帯ぴ、迫力ある音を刻む太棹がよくマッチして観客を興奮させていた。バトルにふさわしい熱の入った公演だった。

『みんよう文化』11月号/NEWS CLOSE UPより


 日本経済新聞9月2日(土)夕刊

 三味線を手にした二人の男の姿が、ほの暗い舞台に浮かぴ上がる。照明で二人の髪が金色に輝く。上妻(あがつま)宏光(27)はカラフルなシャツに革のパンツ姿、年長の木下伸市(35)も赤シャツに黒ズボンのいでたちだ。
 8月最後の土曜日。東京・荒川の公共ホールで行われた「津軽三味線スーパーバトル」コンサートに集まった千人を超す老若男女は、その圧倒的な迫力と絶技に酔いしれた。
 会場入り口には「切符は完売」の札がかかり、開場を待ちきれない聴衆の行列ができた。客席を見渡すと、最前列から2、3列目までのほとんどを若い女性が占める。
 
 二人は、毎年5月に青森県弘前市で行われる津軽三味線全国大会で、2年連続優勝を果たした実力者だ。「一回目の時の賞金は十万円、二回目は連続だったので五十万円。でも、カーナビ買ってほとんど消えました」。上妻の話に満員の客席がどっとわく。客に向かってこんな話を語りかける気安さも、魅力の一つらしい。
 津軽三味線が今、若者を中心に人気を集めている。木下、上妻の二人をはじめとして、吉田良一郎(23)、健一(20)の吉田兄弟など20代から30代の才能ゆたかな若手奏者が続々と登場し、「新鮮だ」「かっこいい」と、ファンを増やしている。上妻の熱烈なファンという斎藤紗代(19)は大学1年生。中学校3年生のときに和太鼓を習い始めた。2年前、太鼓の先生のコンサートに応援に行って上妻の演奏を聴き、たちまちファンに。「ロックとあんなに融合するなんて、すごい衝撃を受けた」。浪人中も、関東近県の公演なら月一回のペースで聴きに出かけた。大学の友人を誘うことも多いが、「みんな必ず感激して帰る」。
 津軽三味線は、二年前に亡くなった先代高橋竹山が昭和30年代末、津軽民謡の伴奏にすぎなかった三味線を奮闘努力の末、独奏で演じるようになって新しい音楽に生まれ変わった。そして今、若い才能によってジャズ、ロックなどジャンルを超えて共演が活発に行われ、若者を引きつける。

 木下は、津軽三味線の魅力を「即興性、打楽器に近い奏法、そしてテンポの速さ」の3つにあると言う。体の奥底に眠っていたものが、呼ぴ覚まされるような躍動感。それらが若者たちの感性をゆさぷり、「かっこいい」と言わせるのだろう。
 上妻は昨年の南米に続いて今年6月、アメリカを訪れ、ニューヨーク、ニューオーリンズでジャズやブルースのバンドと即興演奏を楽しんできた。上妻は言う。「世界で通じると確信した」
 西洋の音楽、楽器と融合しながら、決して負けていない。年齢の隔たりも、民族や文化の違いも超えて共感するのは、そのためかもしれない。

=敬称略
(編集委員 松岡資明)
写真 尾城徹雄

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