●新聞・雑誌等のライブ評

 

完売御礼!
(当日券はございませんので御了承ください。)
木下伸市×上妻宏光
プラス

2000年8月26日(土)18:30開演

↑拡大

津軽三味線
木下伸市 上妻宏光
和太鼓
茂戸藤浩司

場所:サンパール荒川(大ホール)
案内図

全席指定(税込)

S席4,500円
A席3,500円

問い合わせ:ちとしゃん亭事務局
03-3892-6363


そして再び闘いのゴングは鳴り・・・

津軽三味線は、三味線の中でも、特に闘いの要素を伴う楽器である。
息詰まる一瞬の撥さばき、叩く、弾く、こする。
そして相手の急所に致命的な一発を叩き込む。
目にも止まらぬ早業の連続は一瞬の瞬きも許さない。
いわばボクシングのタイトルマッチのような音楽である。

 2000年5月3日、青森県弘前市民会館で開催された津軽三味線全国大会は、例年の如く各級チャンピオンを競う他に、「2000年山田千里杯争奪戦」として賞金100万円を懸け、全国から集まった強豪たちが技を競った。大会の歴代チャンピオン、渋谷和生、上妻宏光、進藤正太郎ら並みいる強豪たちを抑え、木下伸市が見事、優勝をかっさらった。
 その木下と、惜しくも優勝を逸した上妻が、今回は二人だけの闘いに挑む。更に、今や実力ナンバーワン和太鼓奏者茂戸藤が三尺五寸の大太鼓で絡み、ラストには三つ巴の壮絶な撃ち合いとなる。
 20世紀最後の灼熱の夜、そんな津軽三味線スーパーバトルの激しさに、観客の呼吸は完全に凍りつくに違いない。


木下伸市
Kinoshita Shinichi

 芸人だった父親の影響で、幼少の頃より民謡を覚え、10歳の時、父親から三味線を習う。1982年、NHK邦楽オーディションに合格。1986年、87年、津軽三味線全国大会連続優勝。その頃より、伊藤多喜雄バンドの重要なメンバーとして活躍。
 1993年、木下伸市グループを結成。津軽三味線ロックを発表。同年、佐藤通弘
(津軽三味線)、1994年渡辺香津美(ギター)、1995年、林英哲と、次々にバトルコンサートを行い、熱狂的な喝采を浴びる。昨年、NHK衛星放送で放映されたハンガリーの驚異的バイオリ二スト、ロビー・ラカトシュとの即興演奏で、木下の超絶技巧はラカトシュを驚愕せしめた。
 今年5月3日、「2000年山田千里杯争奪戦」に優勝する。

×

上妻宏光
Agatsuma Hiromitsu

 1980年、6歳の時、父親の三味線の音を聴き、激しく影響を受け、津軽三味線を始める。その才能は早くから目覚め、少年の頃より津軽三味線の大会で次々と優秀な成績を収める。1995年、96年と津軽三味線全国大会連続優勝。
 一方、和楽器をベースにしたロックバンド「六三四(MUSASHI)」に参加。年々その活躍は著しく、現代的センスの良さに、繊細な表現力と力強さも加わり、今や確実に中心メンバーに成長した。他にも、多ジャンルのトッププレーヤ―達との競演を重ねている。最近、新聞・TV等にも数多く登場し、若いフアン層を広げている。
 今年5月3日、「2000年山田千里杯争奪戦」では、満場の拍手大喝采にもかかわらず、惜しくも優勝を逸した。

茂戸藤浩司
Motofuji Hiroshi

 小学校の頃より「根津権現龍神太鼓」に入門し和太鼓を始める。高校時代に東京の和太鼓プロ集団の草分け「大江戸助六太鼓」に入門。準レギュラー、プロメンバーを経て1992年師範の地位に就き、その後独立。ロックバンド「六三四(MUSASHI)」を結成し、11年間にわたり中心メンバーとして活動。その他、竜童組ほか数々のレコーディングへの参加や、海外公演など既成の枠にとどまらない幅広い活動を展開。現在、和太鼓ユニット「プロフェッショナル太鼓術 打究人―Da.k.T.−」の中心メンバーとして活動する一方、ソロ和太鼓奏者として本格的に始動。高度な技術と意識を持ち、今後もっとも期待される若手実力No.1和太鼓プレーヤーとして注目を集めている。


戻る