日本経済新聞1993年8月11日 [文化往来]
邦楽の可能性広げる「津軽三味線決戦」

 津軽三味線全国大会チャンピオン保持者二人がエレクトリック三味線で技を競う――。邦楽界では異色の演奏会「津軽三味線チャンピオンTOKYO決戦」が7月9日と8月4日の2回、東京・日暮里サニーホールで開かれ、九百人を超える聴衆を集めた。
 対決した佐藤通弘と木下伸市はともに、津軽三味線全国大会で二年連続チャンピオンを獲得した実力者だ。その二人がレフェリーに呼び出されて登場。しかも7月9日は外国人が英語で進行させる凝りようだった。第一部はオリジナルバンドを率いて対決へ技と作曲の妙の競演。曲調に合わせて照明が変わり、ミラーボールが回る。第二部は一転してモノトーンの舞台で、「津軽おはら節」などの“古典”と即興を掛け合いで展開した。
 技巧を追求したスピード感あふれる二十八歳の木下に対して八歳年長の佐藤は緩急自在な演奏、ウイットに富んだ曲想。タイプの異なる奏者が“対決”という緊張から生み出す音は、聴き手に快い緊張を強い、多様な音の世界、楽器の可能性を伝えた。
 終演後、話題を集めたのは、この趣向がジャズにも通じるといわれる津軽三味線ゆえに可能だったのかという点だった。津軽三味線の関係者によれば、全国数万といわれる奏者の八割はほぼ同じ奏法で、没個性になっているのが実情という。生まれて約百年。独奏楽器として演奏会が開かれるようになって半世紀の歴史もない津軽三味線でさえこうだから、数百年の歴史を持ち、家元制度が盤石な邦楽の他分野では不可能な演奏会に思える。
 だが、主催者の三味線かとう主人、加藤金治氏は「他の邦楽器でも十分可能なこと」と語る。邦楽が新しい聴衆をつかみ、現代に生きる音楽として受け入れられるか否か、カギを握るのは聴く楽しみをどうアピールするかにある。その実験でもあったというチャンピオン決戦の成功は一つの解決策を示唆した。

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