教育音楽 2008年11月号(音楽之友社刊)

まるごとWATCH!
まるごと一週間三味線づくし!
奥深くて新しい三味線の世界を味わいつくす


 エレキ三味線発祥の地で
 和楽器奏者がポップスや他ジャンルのアーティストと共演する「邦楽ニューウェーブ」か巻き起こったのは90年代初め頃。爆発的なブームは、冷めるどころか定番化し、洋楽器とのミックスは何の違和感もなく私たち日本人に受け入れられるようになった。
 中でも若手プレイヤーが目白押しなのが三味線の世界だ。「ちとしゃん亭」とは、東京・荒川区にある三味線店「三味線かとう」が主催する店内コンサートで、今回はその特別企画として1週間日替わりで三味線のさまざまな姿を披露しようという企画だ。
 本條秀太カ、木乃下真市、上妻宏光、国本武春ら邦楽ニューウエープの超豪華な顔ぶれのソロライプが4夜、津軽三味線女性チャンピオンTOKYO決戦、三味線RockNight、東京バトルUリターンズ、と20代の若手プレイヤーを集めた企画が3夜。現代三味線音楽の最前線を切り取った、今夏最強のイヴェントだったといえよう。
 豪華なメンバーが一堂に会するのにはわけがある。「三味線かとう」の店主、加藤金治氏は「エレクトリック三味線」の開発者。洋楽器とのセッションで課題だった音量・音質の問題をクリアした、アンプにつながる三味線は、アーティストたちの活動の幅を大きく広げることに貢献した。
 いや、エレキ三味線がなかったら今の若手の活躍はないといってもよいくらいなのである。その「ちとしゃん亭」の20周年のためならば、とばかりにアーティストたちは今なおチャレンジし続ける姿を見せてくれた。

 
ロック、ジャズ、ブルース コラボレーションの幅は無限大
 2001年のメジャーデビュー以来、津軽三味線への新たなアプローチを開拓し続けている上妻宏光は、ピアノとべースのトリオで3日目に登場。細身のスーツに身を包み、ゆったりとしたモーションで奏でるステージは、津軽三味線=超絶技巧のイメージを払拭した、しっとりした演出が印象的だ。
『津軽じょんがら節』や『十三の砂山』など定番曲を挟みつつ、スティングの『Fragile』や『Englishman in New York』などのカバーを披露した。哀しげなメロディラインに重なる三味線の響きは思いのほか相性がよい。昨年の大河ドラマのテーマ曲『風林火山〜月冴ゆ夜』はストリングスがない分だけ、アンプラグドの情緒が楽しめた。
「静かな弦の響き、哀愁のある音色を知ってほしい。そして今は激しさよりも<間>を表現したい」と語った上妻。
 もともと即興演奏を旨とする津軽三味線とジャズ。相性は悪いはずがない。それを美しくスタイリッシュにこなせるのは、やはり彼しかいないだろう。三味線トリオ、なかなか渋い。

 

 

 

 

 

 

 

 


 浪曲は総合エンタテインメントだ

 洋楽とのセッションでいえば4夜目の国本武春も会場を大いに沸かせた。ブルーグラスやロックとの融合で浪曲のスピリットを現代に翻訳する国本の「三味線弾き語り」は、老若男女間わず人気が高い。
 浪曲の魅力は語りと歌、そして感情を込めた「うなり」といわれるが、古典ものは言葉がわからず気軽に聴けないというハードルがある。ところが武春浪曲にはそんな心配は無用だ。宮本武蔵を題材にした『巌流島うた絵巻』では、あらすじを現代語で滑らかに語り、そこにリズムボックスと三味線をのせていく。決闘シーンでは威勢のよいタンカを聴かせ、後半はバラードで涙を誘う。
 忠臣蔵『殿中刃傷編』は何とロックがベースに。観客も「赤穂〜浪士っ!」と声を合わせて参加すれば、義理人情の世界がぐっと身近に感じられる。「古典の忠臣蔵ってどんなのだろう? 聴いてみたい」と、ふつふつと興味がわいてくるステージだった。
 三味線かとうの店主、加藤金治氏はこう話す。
 「三味線はロックなどさまざまな音楽と合うし、しかもその音が胸を打つ。ただ賑やかなだけじゃないということを感じてもらえるでしょう。三味線と他の楽器を合わせてきた先人を見て、若い世代も育ってきています。それぞれ独白に世界をつくろうとしているから今後、三味線音楽はより多彩に広がっていくと思います」。
 奥深くて新しい三味線の世界。教材への応用はひとまずおいて、まずはふれてみたらどうだろうか。自身の邦楽観がリセットされること間違いなしだ。

文―長尾康子 写真―swingo高橋(respect)、清水達夫(武春堂)