東京新聞2001年5月2日朝刊
TOKYO発

若者に新ジャンル「邦楽」

和の音“響鳴” 『洋楽以上に異国的』

 ひと昔前は「退屈」「ダサイ」と敬遠されかねなかった“和”の音の魅力が、広く浸透してきたようだ。洋楽育ちの若い世代には新鮮に映るのか、津軽三味線、和太鼓、尺八などのライブや和楽器教室も人気。古典重視派の一部には邪道と眉(まゆ)をひそめる向きもあるが、邦楽界の自称“出る杭(くい)”たちに吹き始めた追い風は止まりそうにない。

 ●「ちょっと前まで“箏(=琴)と尺八”と言っただけで門前払い。七百席の会場にお客が二十人しかいなかったこともあります。それが今ではこんなに…。僕たちが一番びっくりしてます」
 東京・お台場で開かれた邦楽グループ「遠音(とおね)」のライブ。舞台トークに満員の客席から笑いがもれる。
 尺八・三塚幸彦さん(46)、箏・小野美穂子さん、ギター・曽山良一さん(42)の三人で十二年前結成。三塚さんらの出身地、北海道の風景を映しだしたような澄んだ音の世界が最近、注目され、テレビCMやBGMなどで使われだした。
 「何かを伝えたいというより、都会人が抱えているたくさんの無駄なものを洗い流したい」という三塚さんらは、ジャケットや、ドレス姿。
 「昔は“羽織袴(はかま)じゃないんですか”って必ず聞かれたけど…。多くの人に本物の和楽器の音を知ってほしいから垣根は低くしないと」
 客層もカップル、家族連れ、外国人など幅広くオシャレな洋楽のコンサートのよう。初めて生で尺八を聴いたという女性は「魂を揺さぶられた感じ。涙が出ちゃった…」。

 ●東京・西荻窪のライブハウス「音や金時」。
 今や引っ張りだこの上妻宏光(津軽三味線)、御木裕樹(和太鼓)、土井啓輔(尺八)、谷川賢作(ピアノ)の初顔合わせステージも超満員。
 使用楽器はエレキ三味線に、六種の和太鼓とシンバルなどを組み合わせた“和製ドラムセット”。曲目もバラードあり、ジャズ風の民謡あり。
 客の半分は若い女性。茶髪にピアスで演奏する上妻さんたちに「さわやかで、りりしくて…」「姿形も奏でる音色も日本一美しい」とウットリ。
 「ツガルジャミセンを世界に通用する楽器に」と上妻さんが夢を語れば御木さんも「和太鼓はダサイというイメージを変えるため良い意味で“出る杭”になりたい」。
 一方、土井さんは「注目されるのはうれしいが形式美を知ってる僕としては古典にも目を向けてほしいというジレンマがある。ブームとはいえ、聴かれているのは邦楽の一部。ここから、どうするかが問われている」。

 ●東京都世田谷区の「パブリック・シアター」で開かれた和太鼓と笛の五人グループ「東京打撃団」の公演も、客層は子供からお年寄りまで幅広かった。太鼓の音と、客の拍手が一体化して盛り上がり、立ち上がって踊りだした人も。

 ●自分で邦楽を演奏するのもブームの兆し。十数種の和楽器教室を開いている「東京セミナーBE渋谷」でも「高価な楽器を貸し出しているせいか、気軽に始める若い人が増えた」(広報)。
 薩摩琵琶教室をのぞいてみると、受講生は予想以上の若さ。初めて琵琶に触った大学生の上野絢子さん(19)は「海外で日本のことを聞かれて答えられずに恥をかいた。日本人として自国の伝統楽器を身につけたい」。

 ●プロたちは、どう分析しているのか。
 三年前まで洋楽を手がけていた、ある邦楽イベントプロデューサーは「従来の邦楽演奏会の多くは、特定の流派による素人芸の発表会。人を楽しませようという意識がないから、初めて聴く人を邦楽嫌いにもしてきた。しかし十年ほど前から東儀秀樹ら若手が家元制を超えた活動を始め、素人が聴いても楽しめるものが生まれてきた」。
 十年ほど前「エレキ三味線」を開発した東京都荒川区の「三味線かとう」店主、加藤金治さん(52)は「洋楽器の音量に埋没しないようになり洋楽とのセッションが可能になった。特に津軽三味線は、木下伸市、上妻宏光らの音と格好良さにひかれて若い人が増えた」。
 この出版不況にも部数増を誇る「邦楽ジャーナル」の田中隆文編集長(46)は「九〇年代の民族音楽ブームで邦楽の若手が目覚めた。変な話だが、今の若者にとって和楽器は洋楽器以上に異国的なもの。真っ白な状態だったからこそ、面白いと受け入れられた」との説。
 同誌がJR日暮里駅前に開いた邦楽ライブハウス「和音」も二周年。
 田中編集長は「従来の邦楽は『愛好家=演奏家=観客』だったが最近は聴いて楽しむだけの層が出てきた。これは画期的なことで、これから大きなうねりになるかもしれませんよ」と期待する。

 文・井上圭子/写真・五十嵐文人、石井裕之、稲岡悟、川柳晶寛/紙面構成・佐藤重範