リクルート『ガテン』No.12 2002/3/12発売号 Cover Interviewより “ジャパニーズギター”じゃなく、“三味線”を確立させたいんだ……「自分が三味線を習ってることは、小学生のときは誰にも言えませんでした。古くさいものやってるって思われたくなかったですからね。この古くさいと思われがちな三味線のスタイルをどう変えていけばいいか、どうすれは同世代にカッコイイと思ってもらえるか、そればかりずっと考えてきました」こう語る彼は、三味線の音の迫カ、ビート感に魅せられ、津軽とは無縁の茨城の地で、自ら三味線を弾き始めた。6歳のときだった。●友人に三味線を弾いていることを言えるようになったのは、中学のころ。「僕のこの楽器を極めていく過程を見ていた友人が、『オマエってすごい』と言ってくれた」ときからだ●「10年やってモノにならなかったらやめようと思い」15歳で上京。自分の音楽、新しい三味線のスタイルを模索し始めた。津軽三味線全国大会2連覇という実績は、音楽活動をするうえでの効カはあるものの、三味線一本て食べていける状況ではない。自ら演奏場所を探し演奏活動をする傍ら、高校に通いながら、アルバイトもたくさんした。「引っ越し、建築現場の仕事……。けっこうガテンやってましたよ(笑)」。●「茨城の出身であることで、津軽三味線奏者として認めてもらえないこともあって、でもだからこそ、自分にしかできないものを求めてきたし、実カで戦って業界で認められたいと思ってきた」。●転機は3年前、刺激を求めて行った二ューヨークで訪れた。ジャズクラブて、「なんとかやらせてほしい」と懇願し、飛び入りで演奏したことがきっかけとなり、現在、津軽三味線のプレーヤーとしてジャズバンドとの競演や、クラブシーンの音楽に三味線を取り入れるなど、音楽活動の場はどんどん広がっている。「人生のチャンスはそんなにはない。その少ないチャンスをどう生かせるかだと思うんです」。●「三味線をブームなんかで終わらせたくない。三味線の音に揺さぶられる感性って日本人の細胞や本能に組み込まれていると僕は思う。今は、ほかの音楽とのセッションをしたり、オリジナル三味線音楽をつくっているけど、この活動を消化したら、古典の津軽三味線音楽をつくりたい。“ジャパ二一ズギター”しやなく、”三味線”を音楽シーンの中て確立させたいんだ」 (プロフィール)あがつま・ひろみつ/1973年7月27日生まれ.茨城県出身,6歳から津軽三味線を始め、14歳で全日本津軽三味線競技大会優勝。95、96年、三味線コンテストの最高峰といわれている津軽三味線全国大会で2年連続優勝。オリジナル三味線ライヴがNYで評価され、レコードデビュー以来、ジャンルを越えた演奏活動を幅広く行っている。オリジナルナンバーと古典音楽で構成されたアルパム『AGATSUMA』が好評発売中。3月、全国5都市で初の全国ライブツアーを開催。 |